コラム第6回:「早く行きたければ、一人で進め。遠くまで行きたければ、皆で進め」

ペアプログラミングとモブプログラミング:違いは「人数」だけではない、チームを変えるコラボレーションの力

皆さんおひさしぶりです。開発チームの茜色です。

アフリカのことわざには「早く行きたければ、一人で進め。遠くまで行きたければ、皆で進め」というものがあります。

このことわざには、「一人では早く進める(が行ける距離には限界がある)。しかし皆で進めば(時間はかかるかもしれないが)より遠くへ進むことができる」という意味合いがあります。

ソフトウェア開発の世界では、一人で黙々とコードを書く「孤高のプログラマー」のイメージは、もはや過去のものとなりつつあります。複雑化するシステム、加速するビジネススピードに対応するため、チームでの協業、すなわちコラボレーションの重要性がこれまで以上に叫ばれるようになりました。その具体的な実践方法として、ペアプログラミングモブプログラミングという2つの手法が注目されています。

私たちの事業所ではモブプログラミングを日常的に採用しており、その効果を日々実感しています。しかし、「ペアプログラミングと何が違うの?」「ただ人数が増えただけじゃないの?」といった疑問を耳にすることも少なくありません。

結論から言えば、この2つは似て非なるものであり、その違いは単なる人数の差にとどまりません。本コラムでは、それぞれの特徴を解説し、両者の本質的な違いと、それがチームにもたらす影響について深掘りしていきます。


・1対1の深い対話が生む品質:「ペアプログラミング」

まず、ペアプログラミングから見ていきましょう。

ペアプログラミングは、その名の通り2人の開発者が1台のコンピュータを使い、共同で1つの課題に取り組む開発手法です。多くの場合、2人は「ドライバー」と「ナビゲーター」という役割を分担します。

  • ドライバー:実際にキーボードを操作し、コードを書く役割。目の前の実装に集中します。
  • ナビゲーター:ドライバーの横でコード全体を俯瞰し、戦略を考え、タイポや論理的な誤りがないかをリアルタイムでレビューします。次に何をすべきかを考え、ドライバーに指示や提案を出す「航海士」のような存在です。

この役割は固定ではなく、一定時間ごと、あるいはキリの良いところで交代するのが一般的です。

 ペアプログラミングのメリット

ペアプログラミングの最大のメリットは、コード品質の向上です。ナビゲーターの存在により、コードは書かれた瞬間から常にレビューされている状態になります。これにより、単純なミスが減るだけでなく、「もっと良い書き方はないか」「この設計で将来の問題はないか」といった議論が自然に生まれ、より洗練されたコードにつながります。

また、知識の共有効果も絶大です。経験豊富なエンジニアと若手がペアを組めば、OJT(On-the-Job Training)として非常に効果的です。ベテランの思考プロセスやデバッグのテクニックを、若手は隣でライブで学ぶことができます。逆もまた然りで、若手の斬新な発想がベテランに新たな視点を与えることもあります。

 課題と考察

一方で、2人の相性やスキル差が大きく影響するという側面もあります。コミュニケーションがうまくいかなかったり、一方がもう一方に遠慮してしまったりすると、その効果は半減してしまいます。また、「2人のエンジニアが1つのタスクしか進められないのは非効率だ」というコスト面での指摘も根強くあります。

ペアプログラミングは、1対1の深い対話を通じて、個々のタスクの品質と、個人のスキルアップを促進する手法と言えるでしょう。


・チーム全体の知恵を結集する:「モブプログラミング」

次に、私の職場でも実践しているモブプログラミングです。

モブプログラミングは、3人以上(わたしたちはチーム全員(4人))が一堂に会し、1台のコンピュータと1つのスクリーンを使って、1つの課題に取り組む手法です。「Mob(群衆)」という言葉が示す通り、チーム全体でプログラミングを行います。

役割は、ペアプログラミングと似ていますが、よりダイナミックです。

  • タイピスト(ドライバーに相当):キーボードを操作する人。ただし、自分の頭で考えることはしません。モブの指示に従って、タイピングに専念します。
  • モブ(ナビゲーターに相当):タイピスト以外の全員です。次に何をすべきか、どのように実装するかを活発に議論し、合意形成を行い、具体的な指示をタイピストに出します。

最大の特徴は、短い時間(わたしたちは約25~30分)でタイピスト役をローテーションしていくことです。これにより、全員が議論に参加し、全員がコードに触れる機会を持つことができます。

また、遠隔の場合は画面共有などを利用してスクリーンを代替する場合もあります。わたしたちは在宅ワークも多いのでこの方法を使う場合もあります。

 モブプログラミングのメリット

モブプログラミングの最大の強みは、チーム全体の知識レベルを劇的に平準化できる点にあります。ある機能について「あの人しか知らない」といった属人化は、モブプログラミングの前では存在しえません。チーム全員が同じ情報にリアルタイムで触れ、同じ課題について議論するため、プロジェクトのコンテキストや設計思想、コードの詳細に至るまで、あらゆる知識がチームの共有財産となります。

これにより、手戻りの削減意思決定の迅速化にも繋がります。設計段階でチーム全員の合意が取れているため、後から「この仕様では問題がある」といったちゃぶ台返しが起こりにくくなります。また、複雑なバグ調査など、一人では解決が難しい問題も、多様な視点を持つ「モブ」の知恵を結集することで、素早く解決の糸口を見つけられることが多々あります。

 課題と考察

もちろん、良いことばかりではありません。最も大きな懸念はコストです。チーム全員が一つのタスクに時間を使うため、一見すると非常に非効率に映ります。また、全員が快適に作業できる物理的なスペース(大きなディスプレイ、十分な椅子など)や、議論が発散しないように導くファシリテーションのスキルも不可欠です。

モブプログラミングは、チーム全体の知識と経験をリアルタイムに同期させ、アウトプットの品質とチーム力そのものを最大化する手法と言えるでしょう。

 Coドライバー制について

しかし、モブプログラミング制だと発言者が極端に偏るといった問題が発生する場合もあります。その問題を解消するための方法のひとつにCoドライバー制があります。
Coドライバー制は、モブプログラミングにおける役割分担の一形式です。ドライバー(実際にコードを書く人)に加え、「Coドライバー」という役割を置きます。Coドライバーは、ドライバーに指示を行ったり、様々な視点から意見を述べたりすることで作業の音頭をとり、議論を活性化させ、より良いコード設計へと導きます。

メリット

  • 議論の活性化: 意見が分かれた際に健全な議論が促進され、チーム全体の知識共有やスキル向上に繋がります。
  • 速度の促進: Coドライバーの元で具体的な指示が出されるため、全体の統制がとれ、作業速度の改善が見込めます。
  • 発言者の偏りの改善: Coドライバーをローテーションさせることで知識や認識の偏りを防ぐことができ、参加者全員の技術向上を見込めます。

課題

  • 意見の対立: Coドライバーと他参加者の意見が頻繁に衝突すると、意思決定が遅れ、開発速度が低下する可能性があります。
  • 役割の形骸化: Coドライバーが積極的に発言しない場合、単なる傍観者となってしまい、制度が機能しなくなる恐れがあります。

Coドライバー制を効果的に運用するには、チーム内の心理的安全性を確保し、全員が気兼ねなく意見を言える文化を醸成することが重要です。

わたしたちは「発言者の偏りの改善」議論の活性化」「速度の促進」というメリットのためCoドライバー制でモブプログラミングを行っています。

 まとめ:目的とスコープで使い分ける

ペアプログラミングとモブプログラミングの違いをまとめると、以下のようになります。

項目ペアプログラミングモブプログラミング
人数2人3人以上(チーム全体)
知識共有の範囲1対11対多(チーム全体)
コミュニケーション二者間の対話多対多の議論・合意形成
主な目的コード品質の向上、個人のスキル伝承チーム全体の知識平準化、属人化の排除、チームビルディング
適したタスク複雑な機能の実装、ペアでの学習重要な設計、複雑なバグ調査、チーム全体のコンテキスト共有が必要なタスク

ご覧の通り、その違いは「人数」という量的な差だけでなく、「知識を共有したい範囲(スコープ)」と「手法が目指す目的」という質的な差にあります。

  • ペアプログラミングは「」と「」の連携を強化し、タスクの質を高めるのに向いています。
  • モブプログラミングは「チーム全体」の連携を前提とし、チーム全体の能力アウトプットの方向性を揃えるのに絶大な効果を発揮します。

どちらが優れているという話ではありません。重要なのは、わたしたちのチームが今どんな課題を抱えていて、何を達成したいのかを明確にし、それに合った手法を選択することです。時にはペアで深く潜り、時にはモブで広く議論する。そんな柔軟な使い分けが、これからの開発チームには求められるのかもしれません。

これらの手法は、単なる開発テクニックではなく、チームの文化を醸成する強力なコミュニケーションツールです。もしあなたのチームが、コミュニケーション不足や属人化に課題を感じているのであれば、一度試してみてはいかがでしょうか。きっと、コードの品質向上以上の、大きな変化をチームにもたらしてくれるはずです。

次回は「プログラムのテスト(単体テスト)」について紹介していきたいと思います。